2026年1月18日(日)、先生の希望で同級生との女子会をコーディネートする機会に恵まれました。
じつは昨年、男子会の企画をお手伝いしたことがあり、その会がとても和やかな時間になったあとで、先生がふんわり笑いながらこう言われたのです。
「今度は女子会も楽しみね。」
そのひと言が、ずっと心のどこかにあたたかく残っていました。
そして今年、私たちは50歳を迎え、
「そろそろやりましょうか」と先生に連絡をした瞬間、
昨年の男子会、そして3年前の同窓会が、一本の長い物語のようにつながっていくのを感じました。
遠いようで近い昔の笑顔や声が、いくつも心に浮かんできて、
準備をする段階からすでに“良い会になる予感”がしていたのです。
同級生と先生が集まったその間、50年分の物語が静かにほどけていく
当日、テーブルを囲んだ顔ぶれを見たとき、
「ただの再会」では終わらない時間になる予感がしました。
歳を重ねるにつれて、再会には物語が宿ります。
3年前の同窓会で久々に出会った関係性の温度、昨年の男子会で生まれた新しい絆、そして今回は女子会。
そのすべてが、今日という日に流れ込んでいました。
50歳の「わかるよ」は、言葉以上の共感を持っている
会が始まると、自然と近況報告のような会話が流れはじめました。
話すテーマは違っても、根底にある感情は不思議とよく似ている。
だから誰かが弱音をこぼすと、
「わかるよ」
と返す声が、若い頃とはまったく違う響きを持つ。
やさしさでも、慰めでもなく、
“横に並んで歩いてきた時間の重み”がそこにある。
そして、ふっと出る。
「大変だったね。」
「あなたもね。」
50歳を迎えた私たちだからこそ成立する、静かな優しさでした。
先生の言葉は、今の私たちにそっと寄り添う
大人になってからの先生は、
学生時代とは少し違う親しみやすさと、ゆるぎない人生経験をまとっていました。
先生がゆっくりと言ったひと言が、妙に心に残っています。
「50歳はね、自分を大切にするってどういうことなのか、ようやく気づける年齢なのよ。」
若い頃には気づけなかったし、
40代では忙しさに流されて聞き逃していたかもしれない。
でも、今の私たちには、すっと沁みる。
人生の折り返し地点に立つ心の動きを、
まるで先回りするように言葉をくれる先生の存在は、やっぱり特別でした。
3年前には見えなかった“つながりの意味”
3年前の同窓会は、再会そのものが中心の時間でした。
でも今回の女子会は、少し違う。
再会のその先――
「これからどう生きていこうか」
という未来への視線がそこにはありました。
50歳は、まだまだこれから。
でも確実に折り返しの地点でもある。
そんな微妙な不安や静かな期待を、
同級生たちは言葉にせずとも察してくれる。
この “理解の深さ” は、
3年前には気づけなかったものです。
また会いたいと思えた昼下がりに
会の終わりが近づいた頃、
誰かがぽつりと、
「また集まろうね」
と言いました。
そのひと言は、3年前に聞いた言葉より、
もっと穏やかで、もっと前向きで、
そして「また」を実現しようとする強さを持っていました。
50歳になった今、
会いたい人に会いに行くことは、自分を大切にすることと同じだ
と心から思えます。
\改めてお知らせ/ 50歳記念祝賀会のご案内
今回の50歳記念祝賀会は
そんな場所にしたいと思っています。
この記事を読んで、
「あ、ちょっと行ってみたいかも」
と感じてくださったら、重く考えず、気軽に出席回答ください。
50歳の今だからこそ楽しめる、
ゆったりとした時間を一緒に過ごしましょう。
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