損得勘定を脱ぎ捨てる数時間。同窓会が“最高の贅沢”である理由

大人になると、どうしても人間関係に「目的」や「役割」がついてまわりますよね。 仕事のプラスになるか、自分の立ち位置をどう見せるか。無意識のうちに「メリット・デメリット」という物差しで、相手との距離を測ってしまうことも多いはず。

そんな時に届く、久しぶりの同窓会の案内。「今さら会っても、近況報告っていう名の『答え合わせ』をするだけでしょ?」なんて、正直ちょっと面倒に感じるかもしれません。

でも実は、この「同窓会」という場所こそが、今の私たちにとって一番手に入りにくい、めちゃくちゃ贅沢な「空白地帯」なんです。なぜ、社会的な肩書きを捨てた再会がそんなに貴重なのか。その理由をちょっと紐解いてみましょう。

 

1. 「何者でもない自分」に戻って、重いヨロイを脱ぎ捨てる

社会に出れば、みんな何かしらの「ヨロイ」を着込んで戦っています。仕事、住んでいる場所、家庭での役割……。それらは自分を守る武器でもあるけれど、同時に自分を縛り付ける重装備でもあります。

同窓会の面白いところは、会場に入った瞬間にそのヨロイがパサリと脱げること。 相手がどれだけ偉い肩書きを持っていても、昔のあだ名で呼ばれた瞬間、関係は十数年前の「ただのクラスメイト」に強制リセット。そこにあるのは、何者でもなかった頃の、むき出しの人間関係だけです。

 

2. 「すごそうな自分」を演じなくていい自由

同窓会に行きたくない理由として、「マウント合戦になるから」という声もよく聞きます。でも、もしそんな風に振る舞う人がいても、それは彼らが外の世界で必死に戦っている証拠。つまり「脱ぎきれなかったヨロイ」に過ぎません。

本来、同窓会ほど「武装」が意味をなさない場所はないんです。

  • 過去を知られている安心感: どんなに今の自分を大きく見せようとしても、旧友は「掃除の時間にふざけてた姿」や「部活で泥だらけだった姿」を知っています。今さら背伸びしてもバレちゃうし、そもそも背伸びする必要なんてないんです。

  • 評価する人がいない気楽さ: 会場には、あなたの給料を決める上司も、品定めしてくる取引先もいません。利害関係がゼロだからこそ、誰かに認められるための努力を休んで、ただの「個人」として笑い合えます。

3. 利害がないからこそ言える「本音の告白」

大人になってからの出会いは、どこかで「この人と繋がってメリットがあるかな?」という計算が働きます。それは自分を守るための本能かもしれません。

でも、同級生は「利害」じゃなくて「時間」で繋がっている人たちです。 仕事の受注も、昇進のチャンスも、ややこしいご近所付き合いも関係ありません。何を話しても翌日の仕事に響かないし、誰かにジャッジされることもない。

この「何を話しても安全だ」という感覚は、現代人にとって究極の贅沢です。 仕事の悩みや、人生のちょっとした迷い。利害関係のある相手には絶対見せられない「ヨロイの内側の柔らかい本音」をさらけ出せる。その安心感が、カチコチになった心をゆっくりほぐしてくれます。

 

おわりに:コスパを超えた先にある「心のチューニング」

「交通費と会費を払って、昔話をするなんて時間の無駄だ」という、効率重視の考え方もあるでしょう。

でも、効率だけで埋め尽くされた毎日って、ちょっと息苦しくないですか? あえて「無駄」だと思える場所へ行き、損得を抜きにして笑い、恥ずかしかった過去を共有する。その一見ムダに見える数時間が、ヨロイの重みで歪んでしまった自分をまっさらに戻す「心のチューニング」になります。

同窓会は、ただ過去を懐かしむだけの場所ではありません。 一度「何者でもない自分」を取り戻して、明日からの足取りをちょっとだけ軽くするための、最高に贅沢なリセット・ボタンです。

 

出欠回答はこちら

よくある質問はこちら